【ウクライナ難民緊急支援】難民となった人々を支えるために
(AAR Japan)

寄付受付開始日:2022/03/01

  • 領収書なし
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隣国モルドバに避難しているウクライナ難民の親子へ支援(2022年5月 キシナウ)

認定NPO法人 難民を助ける会

プロジェクト概要

更新日:2024/02/22

ウクライナ避難民へきめ細やかな緊急支援を

【ウクライナの方々へ日本から支援を】
ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まってから2024年2月で2年。ロシア軍による軍事侵攻によって、人口の約1/3にあたる国民が住み慣れた故郷からの避難を余儀なくされました。
AAR Japan[難民を助ける会]は、ウクライナ国内、隣国モルドバ、日本で難民・避難民のニーズに合わせた支援を行っています。

1.ウクライナでの活動

避難している親子(2022年7月 ウクライナ)

食料配付と現金給付
ロシア軍によるミサイルや無人機による攻撃が続いています。安全な地域に避難できずに危険な地域に残り続ける人々がいます。AARは現地協力団体と連携して、自宅での生活を続ける高齢者や障がい者世帯に、食料配付や現金給付などの支援を行っています。

■障がい者支援~最も深刻な影響を受ける障がい者
AARはウクライナの障がい当事者団体と協働して、国内にとどまる障がい者への支援を行います。避難所の整備やケアワーカーの派遣、現金給付など、一人ひとりのニーズにあった支援を提供します。

■地雷・不発弾対策~地雷の除去を開始
軍事行動の一環としてロシア軍が道路沿いや農作地に地雷を埋設したことにより、多くの国民が危険にさらされています。AARは地雷除去を専門とする団体と協働して、地雷除去支援を行います。

2.モルドバでの活動

息子のミハイルちゃんを抱き上げるエレナさん。(2022年6月 モルドバ)川畑嘉文撮影

■コミュニティーセンターの運営
難民と地元住民が交流するコミュニティーセンターを開設し、現地協力団体とともに運営しています。社会福祉士が常駐し、避難して日が浅い難民世帯、ひとり親で子どもが多い家族、障がいや持病を持つ人々などからの相談を丁寧に聞いて、個別支援を継続的に提供しています。難民・地元住民双方の「憩いの場」としての役割も果たしています。

3.日本での活動
■来日ウクライナ避難民支援
ウクライナから2,000人以上の方が日本に避難しています。言葉や就労、教育など多様化する避難民のニーズに対応するために、サポートを続けています。姉妹団体である社会福祉法人さぽうと21と協働で実施しています。

【これまでの難民支援】
1979年に設立したAARは、政治・思想・宗教に偏らずに活動することを基本理念として40年以上にわたり活動しています。これまでにインドシナ難民やチェチェン難民、近年ではロヒンギャ難民やアフガニスタン避難民への支援を実施。食料や物資の配布などの緊急支援を行ってきました。今回の支援においても、難民支援の経験のある緊急支援チームが活動にあたります。困難な状況下にある人々の中でも、特に弱い立場にある方々へ、長期的な視点をもって支援していくことを重視して活動しています。

ネパール大地震緊急支援(2015年 ネパール)
ウクライナ難民の方々からのメッセージ

<寄付受付期間延長のお知らせ>
ウクライナ危機が解決する見通しはたっていません。今後も難民・避難民への支援や、地雷の除去活動などを続けていく必要があるため、寄付受付期間を延長いたします。(2023年12月13日更新)

寄付金の使いみち

ウクライナ難民への緊急支援活動に、大切に活用させていただきます。支援現場で必要とされるものを届けていきます。
最新の情報は随時当会ホームページ、SNSなどをご覧ください。

認定NPO法人 難民を助ける会 公式サイト

“#ウクライナ緊急支援”

活動情報

更新日:2024/02/22

避難されている方々へ、きめ細やかな支援を実施

南部2州で国内避難民に食料配付(2024年2月22日更新)

AARは現地協力団体「The Tenth of April」とともに、南部ミコライウ州、ヘルソン州の国内避難民と地元住民への食料配付を実施しています。

食料を受け取ったリタさんと娘たち(2024年1月、ウクライナ)

「日本で大地震が発生し、多くの方が亡くなったことをニュースで知りました。それにもかかわらず、こうしてウクライナを支援し続けてくださる日本の皆さんに本当に感謝します」。そう話すのは、ヘルソン州との州境にあるミコライウ州リマニ村で3人の娘たちと避難生活を送るリタさん(28歳)。

同村は戦闘の前線からそう遠くない地域です。なぜもっと遠くに避難しなかったのかと尋ねると、「少しでも地元の近くにいたかったから」。こうした思いを抱えて、ウクライナではあえて戦闘地域の近くや、もともと住んでいた場所に近い地域に留まる避難民の人々が少なくありません。

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隣国モルドバで故郷を想う日々

センター開設当初からボランティアメンバーとして活動するリュボーフィさん、イリーナさん母子は、軍事侵攻開始から1カ月半後の2022年4月上旬、暮らしていた東部ドネツク州へのロシア軍の攻撃が激化し、イリーナさんの15歳の息子と3人でモルドバに避難することを決意しました。

飾り付けを手作りするリュボーフィさん(右)と娘のイリーナさん(左)(2024年1月、モルドバ)

また、隣国モルドバの首都キシナウで現地協力団体と協力し、コミュニティーセンター「Space for Smile」を運営しています。長引く避難生活を余儀なくされているウクライナ難民と地元住民に必要な支援を提供するとともに、双方の交流の場として親しまれています。

イリーナさんは「この冬にはウクライナに戻れると思っていましたが、2年たっても状況は変わりません。いつまで支援を受けられるか分からないし、先のことが見通せないのはとても不安です」。そんな二人にとって、このセンターは「戦争のことをしばし忘れて心穏やかに過ごすことができる大切な居場所」だと言います。

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「ここは私たちの憩いの場」ウクライナ難民集う交流センター:モルドバ(2023年12月22日更新)

ロシアの軍事侵攻を逃れた約11万人のウクライナ難民が暮らす隣国モルドバ。AARは2023年7月、首都キシナウに難民と地元住民が交流するコミュニティーセンター「Space for Smile」を開設し、たくさんの人々で連日にぎわっています。

AARが運営するコミュニティーセンターでクリスマスの飾りを作るボランティアメンバー(2023年12月、モルドバ・キシナウ)

「子どもたちは、こんな飾りを喜ぶかしら」「こっちの色にしましょうか」――。雪がちらつき始めた寒い日の午後、暖房を入れたセンターには、クリスマスの飾りつけを作るためにボランティアメンバーが集まっていました。色とりどりの花やキャンディー、雪だるまなどをあしらった美しい飾りが次々に手作りされていきます。

AARが現地協力団体レジーナ・パシス(Regina Pacis Foundation)と運営する同センターには社会福祉士が常駐し、相談者のニーズを丁寧に聞いて個別支援をしています。モルドバに避難して日が浅い難民世帯、ひとり親で子どもが多い家族、障がいや持病を持つ人々など、問題を抱えた人を特定して継続的な支援を提供することは、このセンターの大事な役割のひとつ。協力団体の医師や心理療法士による専門的な支援にもつないでいます。

もうひとつの大切な役割は、難民・地元住民双方にとっての「憩いの場」であること。AARはセンターの利用者に対して、日々さまざまなプログラムやイベント、時には郊外の遠足などを企画し、誰もが気軽に交流できる機会を用意しています。もちろん、こうした活動を支えるボランティアメンバーもセンターの大切な一員です。

障がい者と家族が元気に暮らせるように(2023年10月5日更新)

AAR Japanが資金援助を続けるウクライナ中部ヴィンニツァ州に拠点を置く知的障がい者の親の会オープン・ハーツ。AAR職員が2023年9月下旬に訪ねると、知的障がいのある子どもたちがゲームを楽しんでいました。

ここで実施されているのは、「レスパイト・ケア」(障がい者と介護者が一時的に離れて過ごすことで「ひと休み」する支援)と呼ばれるプログラム。1グループあたり8人の障がい児が12日間滞在し、ソーシャルワーカーのケアを受けながら、木工細工や料理、ダンス、屋外活動などさまざまなアクティビティに取り組みます。

オープン・ハーツの施設でアクティビティに参加する障がい児たち(2023年9月、ウクライナ)

介護者(多くの場合は母親)はその間に介護を離れて休息を取ったり、普段はできない用事を済ませたりします。障がいのある10歳の娘を持つヴィクトリアさんは、「オープン・ハーツのレスパイト・ケアに娘を預けて、普段なかなか作れない自分の時間を持つことができました。娘も同年齢の仲間と一緒で楽しかったようです」と笑顔で話しました。

AARは同団体が運営する施設の2階部分に6つの居室と倉庫、会議スペースを整備するのを支援し、国内避難民や障がい者を最大74人まで受け入れることが可能になりました。居室にはレスパイト・ケアの参加者が滞在し、会議スペースは障がい児のアクティビティや保護者向けのセミナーなどに活用されています。

AARとオープン・ハーツの協働事業はヴィンニツァ州政府からも高い評価を得ています。ナターリャ・ザボロトナ第一副知事は「多くの人道支援団体がヴィンニツァ州を支援してくれていますが、障がい者支援はほとんどありません。私たちは日本からの支援に感謝しています」と話してくれました。

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ウクライナ難民が集う交流施設オープン(2023年7月26日更新)

首都キシナウに新たなコミュニティーセンターを開設し、誰もが安心して過ごせる場所を提供しました。

コミュニティーセンターで遊ぶウクライナ人とモルドバ人の子どもたち(2023年7月、モルドバ)

AARは軍事侵攻が始まった直後の2022年3月、モルドバ国内でウクライナ難民支援を開始しました。継続的な取り組みを通じて、経済的に決して豊かではないモルドバの地元住民の中にも支援を必要とする人々が多数存在することを認識し、現在は難民と地元住民の双方に対して支援を行っています。

このセンターは、利用者登録をすれば、ウクライナ人もモルドバ人も、いつでも誰でも訪れることができます。ほっと一息ついて利用者同士で交流したり、子どもたちは本の読み聞かせや図画工作、大人は読書やガーデニング、アウトドアなど興味のあるアクティビティに参加したりすることもできます。

コミュニティーセンターの利用者登録に訪れたウクライナ難民の親子(2023年7月、モルドバ)

さらに、ここではさまざまな問題を抱える利用者に対して、必要に応じた個別支援を提供します。職員が面談をして、その人が直面する健康あるいは心の問題、経済的な問題などを把握し、継続的にサポートしていくこともセンターの重要な役割です。支援を必要とする人を特定した場合は、協力団体の医師・心理療法士と連携して、より専門的なサービスを受けられるようにします。

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ウクライナ難民を中長期的に支援:モルドバ(2023年5月9日更新)

キシナウのコミュニティーセンターでウクライナ難民女性(左)から生活相談を受ける社会福祉士(2023年3月、モルドバ)

AARは現地協力団体と連携し、女性と子どもを中心とする難民の人々が医療・教育などの公的サービスを受けながら生活環境を整え、子どもの将来を描くことができる支援を実施しています。そのひとつとして、キシナウ市内に開設したコミュニティーセンターでは、ウクライナ難民とモルドバ住民双方の母子家庭や障がい者世帯など、特に困窮する人々が必要不可欠なサポートを受けられるように支援しています。

相談窓口には難民や住民から「収入が乏しく生活が苦しい」「持病の治療を受けたいが、どこに行けばいいか」などの相談が持ち込まれ、カウンセリングにあたる社会福祉士が一人ひとりの生活状況やニーズを把握して、食料・生活用品を提供したり、行政や支援団体による医療サービスにつないだりします。AARは現地協力団体を通じてコミュニティーセンターの運営を支えています。

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「ここでは全員が家族」知的障がい者施設:ウクライナ現地報告(2023年4月20日更新)

AARは知的障がい者の親の会2団体、車いす利用者の1団体を支援しています。キーウ州内にある知的障がい者の親の会ジェレラの活動施設を訪ねました。

ここでは「レスパイト・ケア」と呼ばれるプログラムがAARの資金援助で実施されています。レスパイト(Respite)とは「息抜き」「ひと休み」という意味です。障がい者の家族(その多くは母親)は、長期間あるいは一生を通して介護を続けなければなりません。レスパイト・ケアは介護者と障がい当事者が一時的に離れて過ごすことによって、介護者が自身の心と身体を労る時間を設ける手法です。また、障がい者自身も落ち着いた環境で仲間たちと過ごすことができます。

ジェレラの専門家パウロさん(左)とタマラさん(右)に話を聞くAAR東(2023年4月、ウクライナ)

施設にいる参加者の中には、一見すると知的障がい者に見えない人もいます。精神保健福祉士のタマラさんによると、「例えばダウン症のアーニャは、ここでの活動をプログラムへの参加を通じてコミュニケーションの取り方が上手になりました」「自閉症のボーバは強いこだわりがありますが、彼が興奮した時の対処法が分かっているので、彼を落ち着かせて共同生活を続けることができます」。

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安心して暮らせる日を取り戻すために(2023年4月10日更新)

ロシアの軍事侵攻が続くウクライナでは、地雷・不発弾の存在が深刻な問題になっています。AARは英国の地雷除去専門NGOヘイロー・トラストを通じて、ウクライナの地雷除去をサポートしています。

地雷除去の現場で説明を聞くAARの紺野。黄色い棒が地雷のあった場所を示している。(2023年4月5日、ウクライナ)

首都キーウから北東に約30キロ、主要幹線道路沿いの村ザリーシャ。何の変哲もない小さな村で、地雷除去作業が行われていました。なぜ、ここに地雷原があるのか。それは侵攻初期、キーウ包囲を企図したロシア軍が陣地を設けていたためです。

ザリーシャ村の地雷原は幹線道路沿いの松林の中にあり、人々は地雷原と隣り合わせで暮らしています。松林の中にロシア軍の塹壕(ざんごう)の跡があって、反撃を受けて慌てて撤退したらしく、運動靴などさまざまなものが散乱していました。

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夫の35回目の誕生日を前に(2023年4月5日更新)

「明日、私の夫は35回目の誕生日を迎えるはずだったんです。もう彼はいませんけれど……」。ぽつりとつぶやいたのは、29歳のカテリーナさん。東部ハルキウ州から4人の子どもと義母を連れて避難してきました。カテリーナさんたちが出発した3日後、夫のニコライさんもバスで避難してくるはずでした。ところが、ニコライさんはロシア軍に撃たれ、帰らぬ人となりました。「長男と次男は父親が亡くなったことを理解していますが、下の2人はまだ分かっていません。どう説明したらよいものか……」。

修道院に身を寄せるカテリーナさんたち(2023年3月31日、ウクライナ)

そう話すカテリーナさんの横で無邪気にはしゃぐ末っ子のエマちゃんは、先月3歳の誕生日を迎えたばかりです。まだ幼く、お父さんを亡くしたことを理解できないのも無理はありません。平和で穏やかな日々が突如として奪われ、ニコライさんもさぞ無念だったに違いありません。

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元気に冬を乗り越えたよ! :ウクライナ国内避難民の子どもたち(2023年4月3日更新)

「雪が降って寒い日もあったけど、みんなで学校に通ったり、部屋で遊んだりして楽しかったよ!」――。

雪の朝、AARが提供した車両で小学校に登校する国内避難民の子どもたち(2023年2月、ウクライナ西部テルノピリ州)

静かな田舎町のはずれにあるヤズローヴィツ修道院には、軍事侵攻が始まって間もなく、攻撃にさらされた東部や南部地域から多数の国内避難民が逃れて来ました。その大多数はシングルマザーを含む若い母親と幼い子どもたち、それにお年寄りでした。一時は100人を超える人々が身を寄せたこともあります。

AARはこの1年間、ポーランドから越境して食料や衛生用品、子ども服などを輸送したほか、オンラインによる小学生の遠隔授業のためのパソコン、幼い子どもたちが遊ぶ屋外の遊具を提供しました。修道院側も建物の中に保育所を仮設したり、学習が途切れないよう個別授業を行ったり、子どもたちを支える取り組みを続けました。ポーランドからやって来るボランティアも大きな役割を果たしています。

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失われた暮らし 奪われた人生(2023年2月27日更新)

モルドバへ逃れてきた一家(2023年1月、モルドバ)

ロシアの軍事侵攻は、私たちと同じように普通に暮らしていた人々の生活を壊しました。そして、命からがら逃れて来たモルドバでも、それぞれの生活、人生、未来は大きく歪(ゆが)められたままです。

ウクライナ南部から逃れて来たドミトリーさん・アントニナさん夫婦は、娘のイヴァンナさん、ヴァレリアさんとバルティ市内の公営団地で生活しています。モルドバ出身のドミトリーさんは約20年間ウクライナで暮らし、夫婦で縫製業を営んでいました。「資金を準備してようやく開業したばかりでした。ところが、戦争が始まって店も家も失い、大切なミシンなどの設備はすべて盗まれてしまいました」。

「戦争が終わってもウクライナに帰ることはないでしょう。このままモルドバで事業を再開したいのですが、何もかも失った私たちには担保になる財産がなく、銀行からの借り入れもできません」とドミトリーさんは嘆きます。AARは現地協力団体を通じて暖房器具や寝具を提供したほか、視力に問題があるヴァレリナさんの治療をサポートしています。

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難民になった母親たちは今 モルドバ:ウクライナ危機1年(2023年2月22日更新)

マリア・シリストラさん(右)と娘のサブリナさん(左)、ソフィアさん(手前)(2023年1月、モルドバ)

モルドバに避難しているマリア・シリストラさんは、ウクライナ南部の都市ミコライウから避難して来ました。娘のサブリナさん、ソフィアさんと一緒です。マリアさんは「亡くなった母がファレシュティ生まれで、義理の姉妹たちがここに住んでいるので、戦争が始まる前からよく訪れていました。この町のことはよく知っていましたし、戦争が始まるとすぐ姉妹たちが避難して来るように言ってくれました」。

マリアさんは現在、市内の玩具工場で働いていますが、給料が安くて生活は大変です。マリアさんは「モルドバの人たちがとても親切にしてくれるだけでなく、遠い日本からも支援が届いています。私たちを支えてくれる日本の人々に心からありがとうと伝えたいですね」。サブリナさんは「いつか日本の人たちに会って友だちになりたいな」と付け加えました。

モルドバで出会ったウクライナ難民の大多数は母親と子どもです。母親たちは戦火と暴力から子どもたちを守るために、モルドバの地で必死に生活しています。

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「皆で仲良く頑張るよ!」戦時下の知的障がい者:ウクライナ危機1年(2023年1月30日更新)

ウクライナ国内では、ふだんから生活に困難を抱える障がい者と家族がとりわけ厳しい状況に置かれています。

AARは同国の知的障がい者の親の会2団体、車いす利用者の1団体に対し、越冬対策の発電機やソーラーパネルの提供、現金給付などを通じた支援に取り組んでいます。厳冬期の2023年1月、キーウ州内にある知的障がい者の親の会ジェレラの活動施設をAARスタッフが訪ねました。

笑顔で迎えてくれたジェレラのメンバーとスタッフの皆さん(ウクライナ・キーウ州、2023年1月16日)

この施設で実施されているのは、「レスパイト・ケア」と呼ばれる10日間のプログラムです。レスパイトとは「息抜き」「ひと休み」という意味で、家族(実際にはほぼ母親)が日々の介護や世話の心労から一時的に解放され、その間、障がい当事者は自然豊かな環境で合宿生活をします。

思い思いに楽器を演奏するメンバー(ウクライナ・キーウ州、2023年1月16日)

2022年12月に始まったプログラムは毎回8人程度、計7回実施され、セラピーの一環として楽器の演奏、絵画や工作、演劇、ダンスのほか、野外の散歩や地域住民との交流を楽しんでいます。皆で一緒に食事を作ったり、自分の身の回りの片付けをしたりするのも大事な取り組みです。

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「届いた発電機を見て涙が出ました」:厳冬期迎えるウクライナ障がい者支援(2022年12月20日更新)

ウクライナでは、発電所などインフラ施設への攻撃を受けて各地で停電が相次ぎ、厳しい冬場を迎えて暖房設備が使えない事態が発生しています。AAR Japanは、これまで支援してきた現地の障がい者団体・施設に発電機11台、ソーラーパネル1基を提供しました。

発電機11台は、障がいのある国内避難民などが身を寄せる州内の高齢者施設、障がい者福祉施設で利用されます。現地では頻繁な停電のためにメールのやりとりも難しい状況ですが、リーダー代表、ヴァレンティーナ・ドブリディナさんは「届けられた発電機を見て涙が出ました。各施設の担当者に『発電機が届くよ』と知らせたら、彼らも同じように泣きました。日本の皆さんの温かい支援に心から感謝しています」とのメッセージを送ってくれました。

雪の中、笑顔で遠足を楽しむ障がい者のみなさん(ジェレラ提供)(ウクライナ、2022年12月)

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プロジェクトオーナー

認定NPO法人 難民を助ける会

AAR Japan[難民を助ける会]は1979年に日本で発足した国際NGOです。
現在、シリア難民をはじめ、ロヒンギャ難民やコンゴ難民などの難民支援や、障がい者支援、地雷対策などを、世界16カ国で実施しています。

特に困難な状況にある方たちに迅速に支援を届けることをモットーとしています。世界各国での緊急支援の経験を生かし、いち早く現場に駆け付け活動しています。

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